感動エピソード

厳しかった中学校の恩師が私に与えてくれた経験と愛

現在都内に住む26歳の女性ミトです。

私が人生で一番感動した、中学生の時に所属していたテニス部での出来事をお話しようと思います。

熱血顧問のいるテニス部に入部

小学生の頃から運動することが好きで、体育の成績も良かった私は、地元の中学校へ入学するとすぐに華型と言われる軟式テニス部に親友と一緒に入部しました。部員50名ほどのけして強くはありませんが、毎日真面目に楽しく練習する、部員間の仲も良い素敵な雰囲気の環境でした。

私が入部した年は、漫画「テニスの王子様」やドラマ「エースをねらえ!」が流行しており、入部員は100名に上りました。

結局、ミーハーな気持ちで入部した子たちは、毎日の練習についていけずにやめていき最終は10名になりましたが、学校側はこれ幸いにと他の強豪校からコーチを引き抜き、新しくテニス部に男性顧問が来ました。

その年から、「テニスを楽しむだけの部活」から「試合に勝利するための熱血クラブ」になりました。何名かは方針の変更に退部していきましたが、元より運動神経の良い子が多くいたため、人数減少とは逆に部内は燃えていたのを覚えています。

偶然ですが、顧問の先生は私の中学3年間の担任の先生にもなりました。

40歳くらいの強面で多くを語らない先生です。しかし、テニスや勉学に関しては人一倍真剣な人で、生徒を正しい道に導く際には真剣に向き合って話をしてくれる尊敬できる先生でした。

なんで自分だけ?厳しい先生の言葉についていけない

しかし、当時の私は引っ込み思案で人見知りで、人の数歩後ろを着いていくような子だったので、先生の言葉や行動1つ1つが厳しいだけに思えてしまい、ありがたみが分かりませんでした。

テニス部員というだけで、クラスの学級委員長に指名されたり(拒否権などありませんでした)、授業中に回答を促される回数が圧倒的に多かったりと人前に立ちたくない私など気にせず、どんどん役割を任されていきました。

友人は同情しつつも、面倒な役回りが自分に振ってこなくて良いと、いつも冗談めかして慰めてくれました。 部活中は反対に、担任だからという理由で特に私に厳しかったです。

当時、体型がヒョロヒョロで力がなかったこともあり、私だけ同級生の倍走りこみをさせられたり、指摘を受ける機会も多かったです。

なんで自分だけ…という気持ちは毎日でしたが、負けず嫌い心だけは強かったので絶対上手くなってギャフンと言わせてやると思っていました。辛い中でもどこか楽しみを感じていたのかもしれません。

そうして、月日は経ち中学3年生になりました。私は先生のおかげかクラスで人前に立つことに対してあまり億劫に感じなくなっていました。友人の推薦ではありましたが、生徒会の書記としても活動していました。

部活にしても、副部長として部長を支えつつ、部員全体をまとめる立場として生き生きとした生活を送っていました。

突然、先生が病に倒れる

夏の公式戦、引退を控えた最後の試合に向けて練習を重ねていた矢先、 先生が病に倒れました。

当初は持病の糖尿病が少し悪化したとのことで 毎日、部活中に水ではなくオレンジジュースなんて飲んでるからだと軽く思っていました。 検査のために1週間入院することが決まりましたが、先生は「練習が優先だ」と言って 絶対にお見舞いには迎え入れてくれませんでした。

結局、1週間だと聞いていた入院期間は、あと1週間、あと2週間と延び 私も部員の皆もさすがにおかしいと感じていました。 代理の方が顧問としてついてくれていたものの、さすがに最後の公式戦は 先生の力が必要だということで、部長と副部長の私のみでお見舞いに行くことになりました。

病院に着いて驚きました。1ヶ月前の先生と比べて足や腕は痩せて肌の色もやや黒ずんで すぐに軽い糖尿病なんかではないと気づきました。

先生の奥さんから真実を聞かされました。

「実は、数ヶ月前から癌を患っていたんです…」

本来すぐに入院すべきところ、教師としての役目と公式戦を控えた私たち3年生のメンタルのために通院しながら黙って学校にきていたそうです。

あまり詳しいことは分かりませんでしたが、リンパに転移したことで癌の進行が進み、もう学校には戻ることができないということを聞いて、悲しみと絶望感でいっぱいだったのを覚えています。

とても、部長と私から真実を部員に話すことができず、代理の先生と話して夏の公式戦が終わるまでは秘密にしておこうと決まりました。

 

先生は夏の公式戦まで持つことができず、その1ヶ月前に亡くなりました。

 

その事実は、真相を知っていた部長と私にも伝えられず、公式戦終了後に知らされました。公式戦自体も予想よりも早くに敗退し、結果を残せず、先生の最期に立ち会うこともお葬式に出ることも叶わなかったことで酷く酷く落ち込み毎日泣きました。

先生が残してくれた手紙を奥さんから受け取り、中には

「君には人として強くなってほしくて沢山厳しく接してしまった。ごめんなさい。」

と綴られていました。

私はそのとき初めて、自分が先生のおかげで人として強くなれたこと、いつも私のために行動してくれていたんだと気づくことができました。

先生の指導が私の人生に与えた影響

今、私は社会人として毎日人前に立って話をしたり、プロジェクトを牽引する立場でがんばっています。

人に感謝する気持ちもすべて先生がいたからこそ大事にできています。

中学生というまだ未熟な時期に先生と出会い、多くを経験できたことは今の私にとってかけがえのない宝物です。