看護師生活の中で一番泣いて涙が止まらなかった話

埼玉在39歳女性、今は主婦をしています。私は以前病院で看護師をやっておりました。内科病棟で働いていた時には終末期の患者さんも多く、沢山の方の看取りをしてまいりました。

ある時40歳代後半の男性が肝臓癌で入院されました。見た目黄疸は少しありましたが一見するとよく笑って食べて比較的元気そうな方に見えました。しかし実は余命宣告をされており、終末期の患者さんでした。

その方には奥様がいらっしゃって毎日面会に来られていました。お二人はとても仲が良く、いつも笑顔で病室でお話をされていてすごく微笑ましい思いでおりました。

私達スタッフにも近所の花火大会での話やお二人の休日の過ごし方の話などを聞かせてくださり、ラブラブでうらやましいですねなんてよくからかって話していたのを思い出します。

その男性が入院してから1か月経つか経たないか位の頃、急に状態が悪化していき、みるみるうちに痩せていきました。

食事も摂れなくなってきてしまって点滴で栄養を賄っている状態になってしまいました。徐々に動けなくなってきて言葉も少なくなってきてしまった様子を見るのは非常に辛かったです。

奥様は変わらず毎日面会に来られていて、返事があってもなくても今日何があっただとか夕食は今日はこれを作る予定なんだとかお話をし続けていました。

まだ40歳代のご夫婦であれだけ仲がよい二人を引き裂いてしまう運命だなんてあまりに残酷だと思いました。見ていても悲しくて本当にやり切れませんでした。

何とか二人を引き離さないでください、もっと一緒に居させてあげてくださいと奇跡が起こることを心から何度も願いましたが、その時がとうとうやって来てしまいました。

その方が亡くなる数日前に奥様と病室で話していた時に、夫が死んだら考えていることがあるんですとポツリとつぶやくように言ったことがありました。その表情からは何か悟ったような強い意思を感じました。

一体何をする予定なのですか?

とはさすがにその時は聞けるはずもなくそのまま部屋を出たのですが、その時の奥様の表情が気がかりで仕方がありませんでした。

最愛の人を亡くすなんてことは、当時20代後半の未婚の甘ちゃんの私にとっては想像の許容を超えていましたが、奥様の悟ったような様子には何か妙な不安を感じとって心配をしていました。

おかしなことを考えているのではないだろうか、後を追ってしまうことはないだろうかと。

その日が来た時、たまたま私は出勤日でした。

前日から気になって家に居てもそのことばかり考えてしまいました。医師が死亡確認をした後には死後の処置を済ませなければなりません。

我々スタッフもショックでしたが、そこはプロですので気持ちを切り替えて奥様にこれからお体を拭いて血色をよく見せる薄化粧をさせていただこうかと思う旨お話させていただきました。

そして着替えはどの着物にしますかと伺った時、奥様から着替えはこれにしてほしいと言われました。この人が死んだらずっとしようと考えていたことがありましたと。

見るとそれは光沢がある上品なグレーのタキシードでした。しばらく頭が働かない私に奥様が教えてくださいました。このタキシードは結婚式の時に夫が着ていた物だと。

結婚記念日が来る度に奥様がまたこのタキシード着てみてよ!

と言うけど恥ずかしいから嫌だしそもそも太ってきたから入らないと言われ、そのうちもっと太ってきてしまったのでどのみちもう着られなくなってしまっていたので奥様は着てもらうのを諦めていたということでした。

処置が終わり、奥様と一緒にタキシードへの着替えをお手伝いさせていただきました。かなり痩せてしまっていたのでタキシードは緩いくらいでしたが、とても男性に似合っているように見えました。

結婚式のこのタキシード姿で笑っている顔が本当に好きだったと。

あなたは死んでしまったけど、こんな形だったけど、また痩せてもう一度この姿を見せてくれてありがとうと泣きながら笑って男性に話かけている姿を見て、その場にいるスタッフは全員声を上げて泣いていました。

奥様は目が真っ赤でしたが笑顔でお礼を言って病院を後にされました。

その後、人が亡くなって悲しいはずだけどあんなに笑顔にあふれた和やかな雰囲気の死後の処置は今までしたことがなかったねとスタッフ同士で話をしました。

夫婦の愛や絆って本当に素晴らしいものだな、こんな粋なことができるような伴侶を自分も得られるだろうかとその時独身で若かった私はしみじみと考えました。この話を思い出す度に今横にいる夫は大事にしてあげないといけないなとつくづく思います。