3月11日の突然の別れと流されなかった財布の思い出

宮城県在住46歳男性のヒロです。リラクセーション関係の仕事を10年以上しています。今回は自分の震災をまたいだ婚約者とのストーリーを読んでもらいたいです。

3月11日のあの午後に私はかけがえのない女性を失いました。

春には籍を入れようとしてといたので、あの日さえなければ今でも自分の横には彼女がいてくれた事でしょう。もちろん妻として。もちろんあの財布と一緒に。

私はリラクゼーション業界で10年以上働いている40代の男です。今日話すのはその職場で知り合い婚約したアヤの話です。

彼女との出会い

震災の一年前にアヤは新しいスタッフとして職場入社してきました。彼女は30歳でリラクゼーションの仕事は他でやっていましたので仕事にもすぐ慣れすぐに職場に馴染んでいきました。

第一印象は「可愛いい人だなぁ。」

控えめながら芯の強さも持っていて、一緒に仕事しているのは本当に楽しかったです。店でも人気者となりお客様の指名もかなり増えていきます。

当時その店舗の責任者だった私は、アヤと話す時間も長く、だんだん惹かれていきました。

しかし10歳以上年離れていましたし、私なんか恋愛対象などにならないと思っていましたので単なる同僚としての関係が続きました。

あの日までは。

急に職場を離れることに

急に、以前から親交のあった業界の人から「新しい店舗を立ち上げる為に協力してもらえないか」と頼まれました。

今の会社とは別会社なのでやるからには退職しないといけません。今の店に不満はなかったですが新しい店舗で立ち上げから携れるのはあまりない経験。どうしても新しいところでチャレンジしたくなったのです。

上司に退職の意向を伝えたところ大反対され、大きくもめてしまいました。

ですが自分の気持ちは決まっていたので、そのまま荷物を引き上げ辞めてきました。結局、喧嘩別れという形になってしまったのでスタッフにも挨拶することさえできませんでした。

急接近した彼女との関係

その後、元の職場のスタッフからアヤが泣いていたと聞きました。

最初は、優しい性格だからショックだったのかな?ぐらいの印象でした。ですが2日後にアヤからショートメールが届いたのです。連絡先は交換していなかったため、緊急連絡先のメモを見てメールしてきたようでした。

アヤのメールには、急に私がいなくなって驚いたこと、ショックだった事などが書かれていました。突然のメールで驚きましたが、こんな私のことを気にかけていてくれたんだと思うと、とても嬉しくて。

その後は自然と毎日メールでやりとりが続きました。デートにも誘うようになりました。食事やドライブしながら、勢いでその日に告白。なんと、彼女からも前から好きだったと言ってもらい、無事に付き合い出しました。こんなことがあるのかと、幸せな気持ちでいっぱいでした。

トントン拍子に関係は深くなり、さっそくお互いの両親にも挨拶して将来を約束しました。

親に挨拶に行った帰りにデパートでお揃いの財布を買いました。白い財布です。

突然の災害

3月11日の午後に突然の大地震です。

私はなんとか大丈夫でしたが心配なのはアヤです。こともあろうか、彼女は海の近くに住んでいたのです。

連絡も取れずに不安はつのるばかり。

3日後にアヤの両親から連絡があり「娘が行方不明だ」と教えられました。

自分も避難所など両親と一緒に探し回りましたが見つかることはありません。

仕事もまったく手につかない絶望の日々が延々と続きました。

二週間に連絡がきて連絡が入りました。

アヤが亡くなった。

この時の詳細はつらいのでどうしても書くことができません。すみません。許してください。

その後にお葬式を済ませ、永遠の別れをしました。

どうしようもなく、何もする気もない日々の連続でした。

彼女の形見と一緒に、2人の夢を実現させたい

数ヶ月後に墓参りに行った際にアヤの実家に行った所、形見としてアヤが持っていたという白いサイフを渡されました。あのお揃いの白い財布です。

それを持ち帰ると二人の夢を思い出しました。

二人でいつか自分たちのリラクゼーションの店をオープンさせようという夢です。

アヤはもういなくなってしまいましたが供養のためにも、ひとりでリラクゼーションのお店のオープニンに向けて一心不乱に突き進みました。

私は一人じゃないんだ

と、あの白いサイフを見てはやる気を出して。

周りからも心配されたほどにがむしゃらに準備しました。アヤが生きている頃に色々とアイデアを出してくれていたので、とてもスムーズだったのです。

借金も少ししましたがとんとん拍子に資金も調達できました。

そしてやっとオープンさせることができたのです。

自分の両親やアヤの両親も来てくれました。アヤはもういませんがこの店はアヤが生きた証でもあるから、と両親も喜んでくれました。

アヤと生きる日々

今は店も順調です。一人で切り盛りしていますが心の中では二人でやってるお店です。

あの出会いがなければ誕生しなかった店。

今でも私はアヤのお墓参りをしたり、ご両親との付き合いは続けさせてもらっています。

アヤと過ごした日は忘れられません。今でも玄関から入ってきそうなぐらいです。

神棚にはあの白い財布を飾っています。ずっと、飾っておくつもりです。

お店の守り神として、アヤがみてくれているような気がして。

アヤと共に、毎日を一生懸命に生きています。